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下沖北遺跡で13世紀の居館跡

 国道8号柏崎バイパス事業にかかる下沖北遺跡(市内下方地内)と、市道建設工事に伴う琵琶(びわ)島城跡(市内宮場町地内)で進められていた発掘調査の概要が26日、報道関係者に公開された。下沖北遺跡からは県内でも出土例の少ない13世紀の居館跡が確認され、出土品から日本海での交流の様子もうかがわせた。琵琶島城跡は、遺構などから三の丸まで建設された平城であった可能性も見えた。これらの公開説明会はいずれも29日、現地で。下沖北遺跡は午前10時から11時半、午後1時半から3時までの2回。琵琶島城跡は午前11時45分から午後1時15分まで。

 下沖北遺跡は昨年、県埋蔵文化財調査事業団が行ったバイパス建設による確認調査で発見された。総面積は約2万平方メートル。このうち今年度は西側の6,500平方メートルで発掘調査を進めた。調査区の西側から幅約2メートル、南北約60メートル、東西約20メートルのL字型の溝が居館を囲む形で確認された。 

 溝の内側に、掘っ立て柱建物20棟以上をはじめ、30基以上の井戸、60基以上の土くいが検出された。また、祭祀(し)に使ったと思われる土師質(はじしつ)土器、中国から渡来した青磁や白磁、宋銭、能登半島の珠洲焼など。九州地方で作られた石なべが出土し、700年前の日本海での交流の様子を推測させた。

 このほか、黒漆地に朱色で草木模様と唐傘模様を繊細に描いた漆わんなども出土した。出土品から13世紀、鎌倉時代後半の居館跡と推定。山本肇調査官は「この地方の荘園を管理していた荘官か、かなり影響力を持った人物の館跡と思われる。この時代の居館は県内でも調査例が少ない。柏崎では日蓮が佐渡から流れ着いたころで、これにより初めて文献に「柏崎」の名が登場した時代でもあっただけに興味深い」と述べた。

 琵琶島城跡は三の丸跡と考えられる地点を対象に、市教育委員会が発掘調査を行った。広さは約2,000平方メートル。東西と南北方向に幅3メートルの溝が確認され、柱穴や井戸跡などを主体とする遺構が約1,500基確認された。遺構からは15―16世紀を中心とする中世土師器や珠洲焼、青磁、白磁が多数見つかった。

 特に、県内でも出土例の少ない瀬戸焼きと思われる鉄釉花瓶(てつゆうけびょう)が2個1対で見つかった。青銅製の仏具も出土しており、信仰を表す貴重な遺物となった。

 琵琶島城を築いたとされる宇佐美氏は守護上杉氏の家臣として知られるが、いろいろな説があり、これまで分からないことが多かった。調査を終え、中野純学芸員は「出土品から戦国時代真っただ中の遺構と思われる。これまで琵琶島城は本丸だけという説があったが、今回の調査で三の丸まで建設された平城の可能性が見えてきた。詳しい内容は現在検討中で、今後も出土遺物や作成した図面などをもとに徐々に究明したい」と語った。来年度は二の丸と思われる地点の調査を進めたいとした。

(2002/ 9/27)

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