PHOTOニュース

クリスマス、お正月の収穫を目指したイチゴ苗の定植作業=市内鯨波、ファームくじらなみ (2020/10/01)


市展のWEB展示場に向け、作品を写真に収める作業を行った伊部さん(右から2人目)、坂田さん(同3人目)=14日、ソフィアセンター (2020/09/30)


柏高生が文化祭で取り組んだ立体作品=東本町1のフォンジェ (2020/09/29)

>>過去記事一覧
元国療の高沢さん叙勲をかっての患者ら祝う
S 昨年秋、勲三等旭日中綬章を受けた市内常盤台、元国立療養所新潟病院長・高沢直之さん(78)の叙勲を祝う会が、かつての患者らの呼びかけで十五日、市内鯨波の蒼海ホテルを会場に開かれた。この日は共に闘病生活を過ごした仲間たちが、高沢さんを囲んでなつかしい話に花を咲かせた。

 高沢さんは昭和二十二年に当時の国立療養所に着任。以来、六十年に院長として退職するまで三十八年間、結核や難病の治療に当たった。結核は戦後しばらく国民の死亡原因のトップにあり、有効な薬もなく、多くの若い世代が長年、同施設で治療を受けた。

 叙勲を祝う会は、高沢さんから治療や手術を受け、現在は新津市在住で「低肺の会」を務める大泉広さん、市内鯨波の石黒通夫さんら当時の患者、同僚が呼びかけて計画。高沢さんの誠実な人柄を慕って、県内各地から約七十人が集まった。

 「四十年ぶりに会った人も多い。ゆっくりと歓談しよう」という発起人のあいさつに続いて、高沢さんが約三十分にわたり、治療法もわからず、機器もなかった戦後の結核治療の状況を語った。また、集まった人たち一人一人の病状を記憶しており、当時の話も交え、日本の医学の歩み、療養所の様子などを話した。

 高沢さんは「当時の私は勉強不足で、みなさんが私の先生だった。治療とはいうものの、みなさんに時に苦しい思いもさせてしまった」と振り返った。集まった人たちは高沢さんの話に熱心に聴き入り、感無量の面持ち。晴れの叙勲を祝って、功労に感謝していた。

(1998/ 4/16)

※柏崎日報社掲載の記事・写真は一切の無断転載を禁じます。


すべての著作権は柏崎日報社および情報提供者に帰属します。新聞記事・写真など、柏崎日報社の著作物を転載、利用するには、原則として当社の許諾を事前に得ていただくことが必要です。掲載についてのお問い合わせは、お電話 0257-22-3121 までご連絡ください。