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蛾眉山へ交流象徴の木彫贈呈へ

 中国・峨眉山市への柏崎市・高柳町による友好訪問が6日から10日まで行われる。交流の発端となった「娥眉山下橋」の橋木をイメージした木彫作品が友好のシンボルとして日本側から中国側に贈られる。

 1825(文政8)年、柏崎海岸に「娥眉山下橋」と刻まれた大きな木が流れ着き、良寛が中国や詩人・李白へのあこがれから「題蛾眉山下橋杭」という7言絶句を詠んだ。木は高柳町岡野町の貞観園に保管されている。この史実により、1990年、当時の当時の永井勇雄・高柳町長らが参加して峨眉山ふもとに良寛句碑を建立。94年には峨眉山市、柏崎市、高柳町が友好交流宣言に調印、以来、青少年の相互訪問を続けてきた。

 今回の訪問に際して高柳町では、句碑建立から10年がたった節目を記念し、橋木をイメージしたものを贈りたいとして、同町の木彫師・牧野廣圓さん(70)に作品製作を依頼。サクラの木に刻まれた高さ一メートルの一体と、カツラの木の高さ70センチの2体が出来上がった。柏崎海岸に漂着した橋木には、怖いような表情をした不思議な顔が刻まれているが、牧野さんは「友好交流のシンボルなので、ほほ笑みのある穏やかな表情にした。高柳のこけしを刻んだ気分」と話す。

 10周年の昨年は柏崎市制60周年と重なり、峨眉山市から何金文市長や舞踊団の人たちなど大勢の人が来日。今回はそのお礼として、西川市長、高橋市議会議長、高柳の樋口町長、吉川議長ら13人が峨眉山市を訪ねる。

(2001/10/ 5)

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